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新型コロナウィルスとハンセン病について(田中智隆弁護士)

 昨年からのコロナ禍のなか、一部の地域で感染者や家族のみならず、診療にあたった医療従事者やその家族が差別されたり、クラスターが発生した施設が中傷されたりする事態が起きていることが報道されています。なかには、クラスターが発生した施設において、当該患者の顔が分かる写真がインターネット上に挙げられ、同患者に対する非難が次々と書き込まれたり、SNS上でシェアされたりと同調者が現れる事態に至っているケースもあるようです。
 このような新型コロナ患者に対する偏見・差別から想起されるのが、長い間偏見や差別が行われてきたハンセン病です。松本清張の『砂の器』でもその描写があります。今回はこのハンセン病について、簡単ではありますが、紹介させて頂きたいと思います。
 ハンセン病とは、らい菌に感染することで発症する病気であり、発症すると、手足などの末梢神経の麻痺や皮膚にさまざまな病的な変化が起こります。らい菌は感染力が弱い病気であり、感染したとしても現代の日本においてはほとんど発症することはないとされています(2018年、2019年の新規感染者は0人(国立感染症研究所HPより))。
 しかし、ハンセン病患者やその家族は長期間偏見や差別に苦しんできました。私がその時代を直接体験したわけではなく、国立療養所の入所者の方からお話を伺ったり、療養所に併設されている資料館等を拝見した限りではありますが、当時の差別や国の政策は苛虐なものであったものと思います。
 明治より、ハンセン病と診断された患者は、行政の職員や医師らに警察官と共に訪れられ、収容されるなどされていました。患者は、国辱病だとして手錠をかけられたり、警察官や消防団員に引き回され、貨物車で収容所に送り込まれるなどされていました。収容所においては、結婚の条件として男性には精管切除の断種手術、女性には妊娠すれば堕胎の強要が行われるなどしていました。患者を出した家族は村八分にされることも多くありました。そのような中、昭和6年には、全てのハンセン病患者の隔離を目的として癩予防法が成立し、また各県では無癩県運動という患者を見つけ出し療養所に送り込む施策が行われました。そして、昭和21年にはハンセン病の特効薬であるプロミンが登場し、ハンセン病は適切に治療すれば治る病気になっていたにもかかわらず、昭和28年には癩予防法を引き継ぐ「らい予防法」が成立し、患者の強制収容は続けられました。また、偏見や差別から家族に迷惑がかかるなどということで、偽名を強要されることも多くありました。このように患者やその家族は何ら罪を犯したわけでもないにもかかわらず、著しく人権を侵害されていました。
 上記のような隔離政策では、多くの患者が収容などを強制されていたことなどから、患者の逃亡や反抗が多く起きており、そのような患者は「重監房」に入れられることがありました。「重監房」とは、群馬県の国立療養所栗生楽泉園にあった、ハンセン病患者を対象とした懲罰用の建物で、正式名称を「特別病室」といいました。しかし、「特別病室」とは名ばかりのものであり、患者への治療は行われず、患者に懲罰を課すための監房として使用されていました。房内は便所を含め4畳半ほどであり、天井と壁の境目にわずかな明かり取りがあるだけで、電球はありませんでした。私も、栗生楽泉園の重監房資料館において復元されている重監房に入ったことがありますが、房内にはほぼ光はなく真っ暗で、このような狭い空間で何日間も入獄させられて正気を保つことなど考えられないようや環境でした。これに零下20度に至る寒さが加わればなおさらのことだと思います。
 上記のとおり、昭和21年にはハンセン病の特効薬であるプロミンが登場し、ハンセン病は適切な治療をすれば治る病気となっていたにもかかわらず、その後「らい予防法」が廃止されたのは平成8年になってのことです。平成13年には熊本地方裁判所において同法の廃止が遅れたことについて国家賠償請求を認める判決が出されました。同判決に対しては、国は控訴を断念するとともに、当時の小泉内閣総理大臣が談話を発表するなど、ハンセン病問題の早期解決への決意を表明しました。また、令和元年には、元患者の家族が国の隔離政策で差別を受けて家族の離散などを強いられたとして、国に対し損害賠償を求めた裁判において、熊本地方裁判所からは国の責任を認める判決が出され、これについても国は控訴を断念しました。しかし、残念ながら、元患者やその家族に対する偏見・差別には根強いものがあり、家族に迷惑がかからないようにと名前を捨てたことや、社会に偏見・差別が残ることから、帰郷できない方も多くいます。
 ハンセン病の歴史については、上記では書ききれないものがありますので、さらに詳しくは、厚生労働省のホームページを参照されたり、多摩全生園の国立ハンセン病資料館(東京都東村山市)や栗生楽泉園の重監房資料館(群馬県吾妻郡草津町)などに足を運んで頂けたらと思います。なぜハンセン病や新型コロナウィルスなど未知の疾患やウィルスにかかった患者やその家族、さらには医療従事者に対する偏見・差別が生じてしまうかについては、社会学や心理学の分野のほうが詳しいと思いますが、同じ歴史を繰り返さないためにも、過去に行われてきたことを具体的にイメージをもって知ることが一つの助けになるのではないでしょうか。
 
参照文献
『国立ハンセン病療養所栗生楽泉園ガイドブック』栗生楽泉園入所者自治会発行
『ハンセン病の向こう側』厚生労働省発行