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新型コロナウイルス感染症対策下での賃料減額請求の問題点(植木琢弁護士)

1 はじめに
前回、「新型コロナウイルス感染症対策(緊急事態宣言)による減収と賃料減額請求」と題してお話をしました。今回は、賃料減額請求の問題点についてもう少し詳しく説明をしていきたいと思います。

 

2 賃料減額請求は伝家の宝刀?
賃料減額請求は、借地借家法に基づいて認められているものです。この借地借家法は、借主保護の色彩が強い法律です。そのため、賃料の減額を求める場合に、仮に、契約書に「賃料の減額は一切致しません」という条項(賃料不減額条項)があったとしても、その賃料不減額条項は借主に不利な条項として無効であると解されています。賃料の不増額特約(借主に有利な特約です)が有効であること(借地借家法32条1項但書)とは対照的です。なお、定期借家契約においては、賃料の不減額特約は有効(借地借家法38条7項)ですので、この点は注意をしてください。
また、賃貸借契約書上、「賃料を改定する場合には、事前に当事者間で協議する」などの条項が入っていることが多いのですが、このような協議条項の有無に関わらず、協議なしに賃料減額請求をすることが可能です(最判昭和56年4月20日参照)。
「つい最近新賃料で合意をしたばかりだ」という場合であっても、賃料減額請求は理論的には可能です(最判平成3年11月29日参照)。貸主にとっては、「約束が違う!」と言いたくなるところですが、仕方ありません。
このように、賃料減額請求は借主が「使わない」と約束をしていても使えるのですから、借主にとって伝家の宝刀といえるでしょう。しかし、現在の新型コロナウイルス感染症による急激な減収の場合、賃料減額請求は借主にとってなかなか使いづらい面を持っています。その点を次に述べたいと思います。

 

3 賃料減額請求の問題点
賃料減額請求は意思表示ですので、当たり前のことですが、貸主に対して減額の請求をしなければなりません。賃料減額請求はいわゆる形成権と解されており、請求の意思表示が相手方(貸主)に到達した時点で減額の効力が発生します。
しかし、貸主としては、当然、「勝手に賃料を減額されては困る!」「現在の賃料は相当だ!」といいたくなるでしょう。借地借家法32条3項本文も、賃料減額請求がされた場合に「建物の借賃の減額当事者間に協議が調わないときは、その請求を受けた者(貸主)は、減額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額の建物の借賃の支払いを請求することができる」と定めています。すなわち、裁判で賃料額が確定するまでは、貸主は自身が相当と考える金額(現在の賃料で構いません)を請求することができ、借主は、暫定的とはいえ、貸主の請求する金額(現在の賃料)を支払わなければなりません。これは、「賃料減額請求をした場合であっても、現在の賃料の支払いを請求された場合には、その額を支払わなければ、債務不履行責任(すなわち契約の解除)を問われる可能性がある」ということを意味します。個人的には、この点が、現在の新型コロナ問題で賃料減額請求が使いにくい最大の問題点であると思います。
先の借地借家法32条3項本文を見てもわかるとおり、賃料減額請求をした場合、当事者間で協議が調わなかったときには、裁判で決着をつけることになります。具体的には、借主はまず調停を申し立て(民事調停法24条の2第1項)、調停での話し合いで決着がつかない場合、訴訟を提起することになります(これらの裁判手続きについては、拙著「実務の技法シリーズ6:建物賃貸借のチェックポイント(弘文堂)」に詳しく書いてありますので、興味のある方は読んでみてください)。問題は、裁判である以上、決着まで時間がかかるということです。また、調停前置(訴訟を提起するには調停を経なければなりません)であることから、さらに時間がかかります。業界的なことをいえば、緊急事態宣言が発令されて以降、裁判手続きはほとんどストップしており、また、仮に緊急事態宣言が解除されたとしても、調停についてはかなり手続きが遅延することが懸念されています(調停手続きは、いわゆる「三密」の典型であり、今後調停手続きを円滑に行うためには裁判所が何らかの対策をすることが必須ですが、具体策は聞こえてきません)。コロナ問題の収束が見えない現在、裁判手続きによる賃料の決着は相当先になると覚悟する必要があります。これでは何のために賃料減額請求をしたのかということになりかねません。
また、賃料減額請求は専門性が高いため、弁護士が代理人として手続きに加わる必要性が高い事件です。この「弁護士費用」の問題も、決して軽視はできません。

 

4 どのように解決したらよいのか
このように、賃料減額請求という法的手段を取っても、問題解決までの様々なハードルがあることが分かります。ではどのように解決すればよいのでしょうか。
まずは、極めて一般的なことですが、資金繰りの確保です。現在、様々な政府の中小企業支援策が始まっていますので、経産省(*1)、厚労省(*2)などのHPをこまめにチェックしてみてください。当然、取引金融機関に資金繰りの相談することも選択肢の一つでしょう(皆さん、「そんなこと、もう当然やってるよ!」とおっしゃられると思いますが)。
賃料に関していえば、繰り返しになりますが、まずは貸主に事情を話して、当事者間で今後の家賃の支払方法について真摯に話し合ってみることが大切です。例えば、年内は賃料を半額にする代わりに、来年1月から3年間は賃料を1割アップするなど、話し合いの方法はあろうかと思います。安易に法的な「賃料減額請求」に走ってしまうと、場合によっては、双方の信頼関係を損なって契約解除の方向へ走ってしまい、貸主・借主双方が多大なリスクを負う結果になりかねません(借主は建物からの退去のリスクを、貸主はコロナ問題で経済が疲弊したなかで新たな借主を探さなければならないリスクを負います)。ただ、休業により収入が0になってしまった事業者も多く、その場合は賃料を減額してもらってもあまり効果がないため、話し合いの余地が少ないケースも少なからず存在しています。

 

5 おわりに
4月23日には、「賃料支援で与野党協議へ 早期実施は一致、具体策に違い」というニュースがありました。最終的には、政府が何らかの形で家賃保証をする方式がよいと思うのですが、その保証に必要な費用は税金ですので、慎重に制度設計をする必要があります。とにかく、一刻も早く、このコロナ禍が収束に向かうことを心から願うばかりです。
次回は、借地借家法32条に基づく賃料減額請求以外の法的手段について検討してみたいと思います。

 

*1 4月27日(月)、経産省HPにて持続化給付金の申請要領等(速報版)が公表されました(補正予算成立の翌日から申請受付を開始する予定とのことです)。

(申請要領 中小企業向け)

https://www.meti.go.jp/covid-19/pdf/kyufukin_chusho.pdf

(申請要領 個人事業者向け)

https://www.meti.go.jp/covid-19/pdf/kyufukin_kojin.pdf

(持続化給付金に関するお知らせ)

https://www.meti.go.jp/covid-19/pdf/kyufukin.pdf

 

*2 4月25日(土)、厚労省から、中小企業を対象にした雇用調整助成金の更なる拡充予定が公表されました(詳細については、5月上旬目途で発表される予定だそうです)。

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_11041.html