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新型コロナウイルス感染症対策(緊急事態宣言)による減収と賃料減額請求の可否(植木琢弁護士)

1 はじめに
 現在(この原稿を書いているのは4月28日です。)、新型コロナウイルスが全世界で猛威をふるっています。日本でも、4月7日に新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく「新型コロナウイルス緊急事態宣言」(以下、「緊急事態宣言」といいます。)が発令されました。
 緊急事態宣言は、当初、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、大阪府、兵庫県と福岡県の7都府県のみを対象としていましたが、その後、4月16日には全国に拡大されました。この緊急事態宣言を受けて、都道府県では緊急事態措置として、様々な対策が取られ、遊興施設、学習塾、劇場、商業施設等に対して休業の要請を出しています。企業もテレワークを進めていますが、中小企業や職種によっては必ずしも十分に対応できていないのが現実です。メディアでは、繰り返し「密閉、密接、密集」という三密状態にならないように注意を呼び掛け、商業地では「三密状態」は解消しつつあるものの、住宅地のスーパーや公園ではかえって人が多く集まっているという困った事態になっています。
 新型コロナウイルス感染症のまん延を防ぐために、市民生活はもちろん、企業の経済活動は大打撃を受け、事業者は大幅な減収に直面しています。
 私を含め、多くの弁護士のところに、「収入が大幅に減ったので、家賃が払えない」という相談や、逆に、建物のオーナーから「賃借人から賃料の減額を求められているが、どうしたらよいか」という相談が来ていると聞きます。そこで、今回は賃料の減額請求についてお話したいと思います。

 

2 借地借家法32条による賃料減額請求
 収入が減って賃料の支払いが苦しい時、どのような方法があるでしょうか。法律的には、借主から「借地借家法32条による賃料減額請求」(以下、単に「賃料減額請求」といいます。)をすることが考えられます。
 賃料減額請求の要件は、現在の「賃料が不相当」であることが必要です。「賃料が相当かどうか」の判断要素はどのようなものでしょうか。借地借家法32条1項本文は、建物の借賃が、①土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、②土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、③又は近隣同種の建物の借賃に比較して不相当となったときには、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって建物の借賃の増減を請求することができる、と規定しています。
 ただ、賃料の不相当性の判断は、建物の客観的経済価値のみを基準とするのではなく、当事者間の個別的事情も考慮して判断するのが一般です(東京地判平成17年3月25日判タ1219号346頁等参照)。具体的には、「当事者が事業者か否の当事者の特性、その事業の規模、その建物が居住用か営業用であるか等の建物の用途ないし性格、賃貸借契約締結における交渉の経緯並びに当事者の意思、契約締結後の状況等の諸般の事情を総合考慮して」判断することになります(東京地判平成13年3月7日判タ1102号184頁参照)。

 

3 緊急事態宣言の発令等による減収で「賃料が不相当」になったといえるか
 では、今回の緊急事態宣言の発令や新型コロナウイルス感染症の予防措置による休業措置等で収入が減ったことで、「賃料が不相当」になったといえるでしょうか。
 コロナ問題により、賃料の不相当性を判断する要件である不動産価格の下落、租税負担の低下、周辺の賃料相場の下落といった現象はすぐに生じるものではありません。今回の休業等による減収は、法32条1項に規定する「その他の経済事情の変動」という要件に該当する可能性がありますが、同項の「その他の経済事情の変動」の有無は、一般的には「物価指数、国民所得、通貨供給量、賃金指数」などを基に判断されるので、コロナ問題で急激に収入が減少したことが「経済的事情の変動」と評価されるのはもう少し各種の指標が明らかになってからということになるかもしれません。
 ただ、裁判例によれば、契約当事者間の個別事情も総合的に考慮する必要がありますから、賃貸借契約締結の経緯、借主の業種(減収の程度)、家主との経済的格差がどれくらいあるのか、賃料減額交渉の経緯等も含め、慎重な検討が必要になると思います。

 

4 いくら減額すれば賃料は相当といえるのか
 仮に現在の賃料が不相当といえる場合であっても、具体的にいくら減額すれば相当といえるのかは、本当に難しい問題です。
 「相当賃料」の算定は、教科書的に言えば、「4方式(差額配分法、利回り法、スライド法、賃貸事例比較法)によって賃料を試算し、その試算賃料をもとに、当該賃貸借契約締結の経緯等契約の個別的な事情を斟酌して、具体的事実関係に即して合理的に定める」ということになりますが、各種指標や近隣賃料に大きな動きが出るのは相当先になることを考えると、現時点で大幅な減額ベースでの「相当賃料」を算定するのは困難でしょう。

 

5 まず行うべきこと
 このように、今回の緊急事態宣言の発令等による減収で、法律上の「賃料減額請求」の要件を満たす可能性はあっても、賃料減額請求にはいくつものハードルがあり、実際には困窮した借主の救済になるかどうかは分かりません。そこで、まずは貸主に事情を話して、今後の家賃の支払方法について真摯に話し合ってみることが大切です。貸主も、ローンその他の支払いがあって、賃料収入が事業継続のための生命線である場合もありますし、サブリースなど、賃貸借のスキームも様々なので、関係者全員が納得できる話し合いが難しいことは確かです。しかし、今は皆が苦しい時です。まずは、貸主、借主共に相手方を思いやって誠実に交渉すべき時と思います。弁護士が賃料について相談を受けた際にも、すぐに法的手続きに走るのではなく、真摯な話し合いを優先すべきであると思います。

 

6 おわりに
 令和2年1月末に、私が他の弁護士と共同で執筆した「実務の技法シリーズ6:建物賃貸借のチェックポイント」が出版されました。私は賃料増減額請求のパートを中心に執筆を担当したのですが、出版当時は、まさかこのような事態になるとは思ってもいませんでした。上記書籍は実務家向けの本ですが、一般の方も読めるように平易な文章にしたつもりですので、興味のある方は参考にされてください。
 次回は、賃料減額請求の問題点をもう少し深堀りしていきたいと思います。