曙綜合法律事務所 AKEBONO LAW OFFICE

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先端的・試行的な治療の問題点(植木琢弁護士)

近年、インフルエンザやがんの治療薬として、様々な新薬が登場しています。

2018年、がんの新しい免疫療法(免疫チェックポイント阻害薬)である「オプジーボ」の開発に道を開いたとして、京都大学の本庶佑教授がノーベル医学生理学賞を受賞したことは記憶に新しいと思います。本庶教授のノーベル賞受賞以降、がん免疫療法は大きな脚光を浴びました。このように、医学の分野では、日夜、新しい治療方法が研究され、先端的な治療が試行的に行われています。

ただ、オプジーボやその他の免疫チェックポイント阻害薬を例にとると、その治療効果が確認され、保険が適用されているがんの種類は限られているため、保険適用のないがんに罹患した患者が、自由診療で未承認薬での治療を受けるというケースがよく聞かれます。

このような先端的・試行的な治療にはどのような問題点があるのでしょうか。

 

医療行為というのは、多かれ少なかれ、身体的な侵襲を伴います(形式的には、刑法上の「傷害罪」に該当する行為です)。

このような医療行為が正当化されるのは、簡単にいえば、その医療行為が病気を治癒させ得る効果を有し、かつ、そのような医療行為を行うことにつき患者の同意があるからです。当然、その患者の同意の前提として、当該治療行為の内容や効果について、医師が患者に十分な説明をする必要があります(一般に、「医師の説明義務」といわれています)。

この医師の説明義務の根拠としては、医療行為を正当化させるという意味合いのほか、近時は、患者の自己決定権(自らの生命・身体・健康について自ら決めることができる権利)が重要視されるようになっています。

先端的・試行的な医療行為の場合、その治療効果が十分に確認できていない場合が少なくありません。その意味で、先端的・試行的医療は実験の側面を有しますので、一般的に行われている治療に比べ、より高度な医師の説明義務が要請されることになります。

 

最近、高額な費用を払って自由診療で先端的・試行的治療を受けたが、本当に効果がある治療であったのか、法的に問題はないのかといった相談を受けます。先端的・試行的治療の問題について裁判例を調べてみると、数はあまり多くありません(比較的最近の裁判例としては、東京地判平成27年5月15日判時2269号49頁などがあります)。これは、医療事件としての専門性、難易度の高さのほか、消費者事件としての性格を有するケースが多いことも影響しているのかもしれません。裁判例を分析すると、医師の説明義務の問題としてとらえている事例が多いように思います。

 

保険適用外の自由診療として行われている治療の中には、標準治療とかけ離れたエビデンスの乏しい治療も存在しています。

がんの治療に関しては、特にエビデンスが重要です。通常、選択したAという治療法が無効であると判断した場合には治療法を変更する必要がありますが、がん治療の場合、その変更を要する時点で病状は進行し、何らかの副作用を伴っていることが多く、そのため、有効である可能性が最も高いと考えられる治療法を適時・適切に選択する必要があります。がん治療では、とりわけエビデンスが重要視されているのです(「担当医が絶対知っておきたいがん診療のキホン」増刊レジデントノートVol.15 No.11の57頁参照)。

このようながん治療の特殊性を考慮すると、がん治療における先端的・試行的治療における法律問題としては、医師の説明義務の問題にとどまらず、正面からエビデンスの有無・程度を問題とすべきでしょう。