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ドイツ旅日記2019年春(上-南ドイツ編) (田中宏弁護士)

ドイツ旅日記2019年春(上-南ドイツ編(3月22日~4月1日))

 

1998年から、年度替りの時期にヨーロッパに行くようになった。渡航先はドイツ語圏のオーストリア,ドイツ,スイス。主たる目的は音楽旅行である。年度替りの時期は裁判官の異動で期日があまり入らない,というのがこの時期を選ぶ当初の動機であったが,その後大学の教員になってからも授業の端境期であること(大学院の学位記授与式は全て欠席した)から,ほぼ固定した。

定期的に訪問するようになってから気がついたのだが,この時期のヨーロッパは,多少前後はするものの,受難節から復活祭の時期で,春が訪れる時期でもある。年によっては未だ雪が降り最高気温0度ということもあるが,ここ数年は温暖化のせいもあってか,比較的過ごしやすく,今年は最高気温が18度という日もあった。

ここ数年は旅の前半がミュンヘン,後半がベルリンという旅程だが,今年も同じスケジュールで春のドイツを満喫してきた。今回はミュンヘンを中心に旅日記を書いた。

 

一 旅程の組立

 

滞在する都市はせいぜい2都市までで,空港があること,都市自体がそこそこ大きくて楽しめること,ということで,今年も前半ミュンヘン,後半ベルリンとなった。

いずれハンブルクやドレスデンも候補に入れたいと思っているが,ハンブルクは新しくできたホール(エルブフィルハーモニー)が観光地化してしまい,チケットが全く取れないという異常事態が解消しない限り難しそうである。

今年はバイエルン州立歌劇場のオペラが大豊作。3月22日から4月1日までの11日間(実質9日間)で7演目。グルベローヴァが出演する「ロベルト・デヴリュー」2回,ペトレンコ指揮の「パルジファル」3回,新演出の「西部の娘」2回という,超弩級の日程になった。同じ時期に,ミュンヘンフィルやバイエルン放送響の演奏会もあったのだが,オペラのチケットが取れなかった場合の代替プログラムに回す贅沢だった。しかし,3つの演目ともかなり人気が高く,3ヶ月前にメールで申し込んだ段階では各演目1回ずつしかチケットを取れなかった。そして2ヶ月前にインターネットで一斉に売り出すときには,他の予定が入らないようにブロックして,端末数台を動員。なんとかチケットを確保することが出来た。

バイエルン州立歌劇場 (800x600)

(写真:バイエルン州立歌劇場)

 

二 公演を振り替える

1 ロベルト・デヴリュー(3月24日,27日)

出発前日,ちょうどイチローが引退を表明したその日に,稀代の名ソプラノであるエディタ・グルベローヴァが,このロベルト・デヴリューを最後にオペラの舞台からの引退を表明。よもやのお別れ公演に立ち会うことになった。24日は引退発表直後の公演。終演後は「エディタ!エディタ!」の大騒ぎだった。

最終日の27日は,最初にグルベローヴァが登場したところで会場が拍手喝采。しばし進行が止まった。凛とした歌いぶりは健在。最後は突き抜けるようなトーンで客席が大爆発。各地からやってきたグルベローヴァファンの横断幕(日本からも!)が掲げられていた。劇場総裁からの賛辞とグルベローヴァの答辞。本当に愛されている歌手だということを実感した。

新聞 (800x600)

(写真:エディタ・グルベローヴァのラスト公演の模様を伝える新聞)

 

2 西部の娘(3月26日,30日)

3月16日プレミエの公演

「西部の娘」は数年前に,ベルリンドイツオペラのプッチーニヴォッヘンでもみたのだが,そのときは余り面白く感じなかった。名アリアが,とってつけたようなテノールの1曲しかないこともあって,あまり上演もされないのだが,今回は非常によかった。歌手陣が,カンペ,ジョヴァノヴィッチ,ルンドグレンと,ワーグナーを歌える力のある歌手をそろえ,その歌手陣がプッチーニ節をたっぷりと歌って聴かせてくれる。演出は,役のキャラをはっきり際立たせたもので,胆力と愛らしさを共に備えた酒場の若女将をカンペ,改心した流れ者の盗賊をジョヴァノヴィッチ,地元の実力者でスカルピア臭ある保安官をルンドグレンが見事に演じていた。

第1幕の幕切れは,蝶々夫人の第1幕の最後を思わせる愛の歌。第2幕はトスカの第2幕を思わせる保安官とミニーの緊迫したやり取り。そして第3幕の最後は,正義(笑)を振りかざして盗賊(ジョンソン)を処刑しろとランスや息巻く群衆に対するミニーの啖呵!タンホイザーのエリーザベトの「下がりなさい!あなた方は彼の裁き手ではない」というのと双璧。

<ランス> 正義はそれを望んでいるんだ!

<ミニー> (彼に向かって) あなたがそんな正義の話をするなんて。 あなただって古い強盗と変わらない詐欺師じゃないの?

そこから切々と赦しを歌うミニーに群衆の心はほぐれて,二人の旅立ちを見送って幕,という救済型西部劇オペラであった。

カンペを聴いたのはこれまでゼンタ,ジークリンデ,クンドリとワーグナーばかりだったが,このミニーも彼女にぴったりだと感じた。

 

3 パルジファル(3月24日,28日,31日)

すでに去年の旅の途中で,3月下旬にパルジファルが3回あるのを見つけて,私は歓喜の雄叫びをあげ,カミさんは「あの長いのを3回も観るのか」と泣いていた(笑)。

よもやペトレンコの指揮でパルジファルを見られるとは思わなかった。パルジファルという作品自体好きすぎて,語り出すとキリがないのだが,ペトレンコは2019年8月からベルリン・フィルのシェフになるため,おそらく最後のチャンスだろう。

そのくらいの思い入れでチケットをとったので,公演への期待も極大。初日(24日)は,初日で,まだ熟れていないところがあり,ペトレンコもかなり大きく振っていた。それはそれで見ていて楽しくはあったのだが,パルジファルの場面転換の音楽の時に,あまり指揮台で大きく動かれると,ちょっと興がそがれるという感じもしたのは正直なところである。しかし,2回目・3回目と進むにつれて熟れていき,ペトレンコがあまり大きな身振りをしなくても,オケが意図を酌んで深い響きを出してくるようになった。

歌手陣は,総じて満足。とくにパーペのグルネマンツは,先ずドイツ語の言葉があり,それに音楽がつく。だから1234というスッチャカ音楽にならない。ナージのアンフォルタスは鋭さ,苦悩が溢れていて,とても良かった。そしてクリングゾルを歌ったデレク・ウェルトン。彼はバイロイトでも同じ役を歌っているが,悪ガキのようなコスチュームが上手く合っていた。そしてクンドリを歌ったシュテンメ。昨年ベルリン・フィルの定期でパルジファルを聴いたときは今ひとつピンと来なかったが,演出のついた今回は,実に見事にクンドリを演じていた。第1幕の野獣のような風貌,第2幕の美魔女,そして第3幕の敬虔な教徒と,まるで3人居るかのようだった。

3回目の31日は,テンポも,まるで私の好みに合わせてくれるようなところまで歩み寄ってくれて,第3幕のクンドリがパルジファルから洗礼をうけ泣き崩れるシーンでは,ようやく一緒に泣くことが出来た。ほどなく梵鐘の音。「正午です」からは,身体は金縛りになり,自分は宙にういているような感覚。最後の「救済者に救済を」では昇天させてくれた。上演に4時間を要する作品だが,あっという間に感じる。まさに「ここでは時間が空間となる」である。

肝心のタイトルロール。ブルクハルト・フリッツ。風貌,声の色とも大好きな歌手。ただ,声の調子がちょっと良くなさそう・・・。以前「アリアドネ」を見たときも,不調で舞台袖に引っ込んで水を飲みながら歌っていた。おそらく今回もそうだろう。ただ,声の色がとても明るく,好きな歌手なので,また良い調子の時に聴きたいと思っている。

肖像とツーショット (800x600)

(写真:バイエルン州立歌劇場内でハンス・クナッパーツブッシュの肖像とツーショット)

 

三 食べたもの

1 到着の儀―カリーヴルスト

最近ミュンヘンに着いたら,必ず食べるのが中央駅のスタンドのカリーヴルスト。カリーヴルストといえばベルリンの名物で,そちらの名店にも勿論行くのだが,空港からバスで夕方中央駅につき,ホテルにチェックインして,水を買ったりして,夕飯はカリーヴルストとなる(22日)。

 

2 ホテルの朝食

ミュンヘンでは最初ガスタイクの隣のヒルトンに泊まったのだが,高い。

そこで次の宿は中央駅南側のシラー通りにあるDrei Lowen。ここは小ぶりのホテルで結構良かったのだが,リノベーションで高くなってしまった。そこで去年からは同じ南側でも駅に面したオイロペシャーホーフというホテルにしてみた。これが大あたり。朝食の品数は多く,ヴァイスヴルストは小ぶりで食べやすいし,ニシンやドライトマトなどもある。パン・チーズ・ハムの基本アイテムは勿論。部屋も綺麗。Wi-Fiも使える。そしてホテルの玄関前がトラム19の「中央駅南」の電停。ここから19に乗ると州立歌劇場の前まで行ける。生憎3月下旬から19は工事でこの先が運休になったが,代わりの地下鉄4号線や5号線への乗り場も近い。本当におすすめのホテルである。

ミュンヘンホテル朝食 (800x600)

(写真:ミュンヘンのホテルの朝食)

 

3 昼食はビアレストラン

夜はオペラなので,基本的にはほとんど食べない。だから昼食がメインになる。行くのはビアレストランがほとんどである。

今回は,ミュンヘンではアウグスティーナーが2回(23日,24日)パウラーナーが4回(27日,28日,30日,31日)だった。その他はザルツブルクではワインステューベ(25日),ニュルンベルクでは焼きソーセージのお店(26日),ハイデルベルクでは大昔からある旅籠飯屋(29日)だった。

こちらでは基本的にヴァイスビア500ミリリットルが定番である。毎日「聖杯の儀式」といって,グラスを空にしていた。

カミさんも,日本ではビールには見向きもしないが,パウラーナーのヘレスの小さいサイズは気に入ったらしい。毎回飲み干していた。私もヴァイスではパウラーナーが好きである。あと料理の量が丁度良かったのもある。

一寸心残りなのは,Eテレの「旅するドイツ語」に出てきた,フライジングにあるヴァイエンシュテファンのレストランに行けなかったことであるが,限られた旅程でなにもかもはできないし,ヴァイエンシュテファンのビールはベルリンで飲める。あと,パウラーナーがとても相性がよすぎた,ということもある。

ミュンヘン最後の夜(31日)は,パルジファル3回目が終わった後,劇場の向かいにあるフランツィスカーナーへ。なんと日本人のイケメンのウエイターさんがテーブルについてくれた。レバーケーゼとヴァイス300。

なお,レストランに行かれるときのお勧めを1つ。お店の人は日本人客とみると,英語メニューがあると英語メニューを持ってくる。これはこれでありがたいのだが,英語メニューには日替わりメニューのシートが挟まっていないことが多い。ぜひ英語メニューだけではなく「ドイツ語メニュー」を貰って注文してみて欲しい。

ビアレストランの聖杯 (600x800)

(写真:足繁く通ったミュンヘンのビアレストランの聖杯)

 

四 移動

1 日本との往復

ここ数年は,ミュンヘンからドイツ入国し,ICEでベルリンに移動し,ベルリンからミュンヘン経由で帰国というパターンである。フライトは,行きはANAで羽田-ミュンヘン。帰りはルフトハンザでベルリン-ミュンヘン-羽田となる。往路はほぼ同時刻にANAとルフトハンザが飛んでいるのだが,ストのリスクを回避するためにANAにしている。「前半ミュンヘン,後半ベルリン」というのは往路の乗り継ぎリスクもないし,結構利点がある。ストがあったり,乗り継ぎがうまく行かずに遅れたりロストバゲージがあったりすると,観劇に支障がでてくるからなるべく避けるようにしている。帰り?そんなのは,どうせ仕事が待っているだけだから,遅れたら遅れたときのことである。

 

2 ドイツ国内は鉄道移動

旅の途中でミュンヘンーベルリン間を移動するが,飛行機は使わず鉄道で移動する。そのほか,宿泊している都市を基点として,近郊都市日帰り旅をする(宿は移動しない)ので,ジャーマンレイルパスを使っている。ジャーマンレイルパスを持っていれば,ICE等の高速鉄道も追加料金無しで乗ることが出来る(座席指定料は別)。今回収穫だったのは,ザルツブルクまでであれば,オーストリア鉄道のレイルジェットでパスが使えることを実体験したことである。

ミュンヘンーベルリン間の移動については,ICEを予約したが,4月1日(月)は,短時間で両都市を結ぶ直通のICEがない日にあたってしまった。通常4時間程度で行けるところ,この日は,8時間(笑)。調べてみたら,ミュンヘンからフランクフルトマインを経由してベルリンに行くという大移動路線。駅の人は2つの列車を乗り継ぐルートを勧めたが(こちらだと5時間程度),我々は強く拒絶した。理由は簡単で,ドイツ鉄道の場合,遅延が日常茶飯事で,乗り継げる保証がない,というより,危険の方が大きいから。だから時間がかかっても,一度乗ったら連れて行ってくれる方を選ぶことになる。

 

3 ミュンヘンの市内交通

ミュンヘン市内の移動は,トラム・バス・U(地下鉄)・S(在来線)であるが,これは全てミュンヘン市交通局(MVV)のチケットで乗れる。一番簡単なのは中央駅地下の自動券売機で購入する方法。日本語表示を選択できる。これで「1日乗車券」を選択して,あとは「人数(1人か2~5人)」と「有効期間(1日間と3日間のどちらか)」を選択する。

あとは使用開始時に刻印を忘れずに。鉄道駅の入口やバス・トラムの車内にある。これを忘れると違法乗車になり,チケット持っていても罰金をとられる。

 

五 言葉

一昨年秋から,Eテレのヨーロッパ言語の番組が模様替えされ,ドイツ語も「旅するドイツ語」になっている。別所さんのウィーン編,前川さんのベルリン編・ミュンヘン編は毎回欠かさず見てきた。テキストもKindleで買った。ここで修得した言葉を少しずつ使ってみるのが楽しみになっている。

今回も「Ich hatte gerne(~を御願いします)」とか「erwachsener(成人)」とか,非常に稚拙だけれど,使ってみたら,ちゃんと通じる。

それから,数字。これは,毎週プールに行って歩いているときに,1から35までをもたつかずにドイツ語で言えるようにトレーニングしたら,8割位聴き取れて,話せるようになった。

それから,最近のお気に入りのフレーズが

「Das ist mein(e) drogen」

ビールがテーブルに運ばれてきたときにこれをいうと,お店の人はとても喜んでくれる。ビールがきて「これは私の薬です」などという酔狂な日本人はいないようだ(笑)。

 

六 通信・情報収集・仕事など

1 通信手段の変遷

初めてヨーロッパに来たのは1998年のウィーン。このときの通信手段は,街の公衆電話だった。その数年後,母との連絡のためモトローラのV66という海外専用携帯でつかえるVodafoneのプランを契約。これは一応今も活かしている。V66は壊れたのでソフトバンクのガラケーに挿してある。

その後ネットが使えるようになり,今年はアマゾンで買ってあったプリペイドSIMを持ってきた。ただしミュンヘンでは思いのほか通信量が増えなかった。州立歌劇場内やちょっとした観光スポットでは@bayernというアクセスポイントがあって,無料で使えるし,ホテルも宿泊中はホテルのWi-Fiを無料で使える。それからICEもレイルジェットも,車内のWi-Fiは無料になっている。以前はWi-Fiのない列車もあり,そうなると郊外では低速通信で凌ぐほかなかったのだが,いまはICEは全車両Wi-Fi完備しているようである。

通話は,もともと未だに日本国内ではPHSを使っていて,こちらでは使えない。限られた人には海外専用携帯の番号は教えてある。それ以外は全て050+というIP電話に転送をかけてある。留守電のメッセージはメールに音声ファイルとして添付され,番号も判るので,どうでも良いものは放置する(番号で判る)。

 

2 情報収集

飛行機のフライト情報はもちろん,ドイツ国内の鉄道,市内の交通網等については,スマートフォンのアプリがあるので,それを使ってルートを確認する。したがって,どこでも通信が出来るスマートフォンやタブレットは,旅の必需品である。以前,ICEが急に運休になったときも,スマートフォンで確認して知り,駅の案内所で質問したところ,「この列車は,3つ先の駅から乗車できるから,在来線でそこまでいってください」と言われ,その通りにしたら無事乗車することが出来た(情弱な人が多く,ガラガラだった)。

 

3 仕事

20日間近く日本を離れるとなると,仕事を全く無視するというわけにはいかない。というより,通信環境が格段に良くなり,出先で使える端末が高機能になったことから,どこでも仕事が出来るようになった。そのため,日本を離れても支障は無いといえる。

仕事柄,様々な書面を書く必要があるため,軽量のノートPCを持参し,スマートフォンのテザリングやホテルや列車内のWi-Fiでネットに繋いで仕事をしていた。メールの送受信はもちろん,書面についても事務所に居るのと同じように作成し,事務所に送って提出して貰っていた。今回は使わなかったが,ビデオ会議システムをつかって,顔を合わせての打合せもできるようにしていった。

時差の関係で,現地の朝が日本の午後4時くらいになる。したがって,朝食後2時間くらいで仕事をして送るようにしていた。また現地で夜更かしをしていると日本の朝にかかり,メールに即返信をすることも可能だった。

 

七 ミュンヘン市内のおすすめスポット

1 マリエン広場

ミュンヘンに来たら必ず行くお約束の場所。テレビでも良く出てくるが,市庁舎に時計台があり,12時,1時にはからくり時計が動くのを見ることが出来る。

 

2 ヴィットーリエンマルクト

マリエン広場の脇のマルクト(市)である。様々な食べ物や花などを売っていて,見て歩くだけで楽しい。ビアガーデンが隣接していて,天気の良い日はお祭り状態である。ちなみに日曜日は完全にお休み。

マルクトの賑わい (800x600)

(写真:マルクトの賑わい)

 

3 英国庭園とアイスバッハー運河の波乗りポイント

中心部にある広大な公園で,天気が良い日にそこを散策していると,心が洗われるような気になる。公園内にはアイスバッハー運河が流れているのだが,一カ所流れの速いところがあり,そこがサーフィンのポイントとなっている。

アイスバッハ-運河の波乗りポイント (800x600)

(写真:アイスバッハー運河の波乗りポイント)

 

4 美術館(ピナコテーク)

ルーベンス,デューラーなどの名画を存分に鑑賞できる。日曜日は1ユーロで見ることが出来るので,お勧め。

 

 

ということで,ミュンヘン編はこのくらいで(本当はザルツブルク,ハイデルベルク,ニュルンベルクへの日帰り旅についても書きたいのだが,書き出すと更に長くなる)。次回はベルリン編をお届けする予定である。